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ティク・ナット・ハンの詩

わが子よ、あなたを待っています

A Teacher Looking for His Disciple

— 弟子を待つ師の賦 —

開花

わが子よ、あなたを待っています。
山も川も定まらぬはるか昔からずっと
あなたを待っています。
なんど法螺貝が十方に鳴り響いても

あなたは深いまどろみのなか。
わたしはこのいにしえの山から 遥かな国々に目をこらし
遠い道を往くあなたの足音を聞いた。
どこへいくのですか、わが子よ。

霧が立ち込めて 遠くの村を包みこむときも
あなたは彼方の土地をさまよっている。
息をこらしてあなたの名を呼ぶ。 
どこかで道に迷っていても
きっと戻り道を見つけると信じながら。
あなたが歩む道に姿を現しても  
見知らぬ人のように ただわたしを見つめるばかり。
わたしたちの前世の契りが見えないのか。
かつて交わしたあの誓いを忘れてしまったのか。
あなたは気づかない。
心が遠い未来にとらわれているから。

前世では 手を取りあって一緒に楽しく歩いた。
長い間一緒に 松の根元に坐り
黙って 肩を並べて立ち尽くした。
やさしく呼びかける風の音を聞きながら
流れゆく白い雲を見上げな
がら。
あなたは 赤いもみじのひとひらを拾ってくれ
わたしは 深い雪の森にあなたを連れだした。
どこに行っても いつも一緒にいにしえの山に戻ってきた。
すぐそこで月と星が輝く あのいにしえの山に戻ってきた。
朝ごとに 命あるものたちを目覚めさせる大梵鐘の音を招きに。

竹林禅院の禅師1とともに 満開のプルメリアの香りに包まれて
イェントゥー
2で静かに坐し、           
海上をさまようボート・ピー
プルを救いに海に乗り出し
ヴァン・ハン師
3のタンロン(ハノイ)建都を手伝い、     
ともに茅葺の小屋を建てた

ティエン・ドゥオン川の川岸に   
網を投げてチャック・トウェン
4を助け出した。
怒涛のように押し寄せる高潮のなかで。
ともに 道を切り拓き
果てしない外なる世界に踏み出した。
時の網を引き裂くような労働のあと
流れ星の光を掬って
わが家を求める人々をみ
ちびく松明を作った。
遠い国々を何十年もさまよったあとで。

それでもまだ あなたの中の
さまよい人のタネが いのちを吹きかえすときがあった。
師を捨て、兄弟姉妹を捨てて
あなたはひとり去って行ったけれど・・・
慈悲の心であなたを見つめる。
これがほんとうの別れではないと知っているから。
(わたしはずっとあなたの体の細胞の一つ一つの中にいるから)
あなたにはまだ 放蕩息子の業があると知っているから。

危機にひんしたらいつでも あなたのために
そこにいると約束しましょう。

辺境の砂漠の熱い砂の上で 気を失って横たわれば
雲となって あなたの涼しい木陰となりましょう。
夜がふけると 雲は雫となって 一滴ずつ
慈悲の甘露を滴らせて あなたの喉を潤しましょう。
ほんとうのわが家からすっかり遠ざかって、あなたが深い闇の淵に沈んだら
長い梯子となって 軽々と身を投げ出しましょう。
あなたが もう一度 光の世界によじ登り
空の青さ 小川のせせらぎ 小鳥のさえずりに出会えるように。

あなたを見つけたのは バーミンガム、ゾーリン県5
それともニューイングランド。

あなたに会ったのは 広州(ハンチョウ)、廈門(アモイ)、上海(シャンハイ) 
セント・ピーターズバーグか それとも東ベルリンだったか。
ほんの五歳のときにも 見つけたことがある。
あなたのやさしい心に宿る菩提心のタネに導かれて。
会えばいつでも この手をかざして合図を送った
もしかしたら北のデルタ地帯、サイゴン、トゥアン=アン港だったかもしれない。

あなたは キムソン山の頂にかかる黄金の満月であり
冬の夜 ダイラオの森
6を飛ぶ小鳥だった。
いつもあなたに会っているのに

あなたは まだ わたしに出会わない。
夕暮れの霧のなかで あなたは衣を濡らしていたけれど
いつかあなたは わが家に戻る。
いにしえの山で あなたはわたしの膝もとに坐り
鳥のさえずり 猿の叫び声を聞いている。
念仏堂の朝の勤行がこだまする。
あなたは わたしの元に戻ってきた。さまよい人のその身を捨てて。

今朝も 山鳥たちが楽しげに 明るい太陽を迎える。
わが子よ わかりますか 白い雲がまだ大空の天蓋に浮かんでいるのが。
あなたはどこにいるのですか。
いにしえの山は まだ 今ここというこの場所にあります。
うねり立つ白波は まだどこかにさまよいでたいと思うけれど、
もう一度、見つめてみてください。
わたしはあなたの中に ひと葉ひと葉のなかに 花のつぼみに中にいるのです。
わたしの名前を呼んでくれたら すぐにわたしに会えるでしょう。
プルメリアの古木が 今朝 ふくよかな花の香りを漂わせている。
あなたとわたしは 一度も離れたことなどないのです。

もう春です。
松の新芽が 輝く緑の針を覗かせました。
そして 森の外れで
野の梅が いっせいに咲きました。

 

翻訳:池田久代

初出:「The Mindfulness Bell」issue 25, Winter 2000​

https://www.parallax.org/mindfulnessbell/article/a-teacher-looking-for-his-disciple/

 

  1. 14世紀、竹林禅院を開いた禅師

  2. 竹林禅院が設立された北ベトナムの聖なる山

  3. 980年、ベトナムの政情を安定させ、宋軍の侵攻を防いだ瞑想の師

  4. 詩人グエン・ドゥの詩「キエウ」にちなむ。チャック・トウェンとはキエウの法名で、苦しみに耐え切れずティエン・ドゥオン川に身を投げたところ、法の師である姉に救われた

  5. ベトナム中部の地区

  6. 著者がフォン・ボイ(香しい椰子の葉)僧院を開設したダラット近郊の丘陵地帯

Image by Shuto Araki
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